2026年07月01日 (水)
小学校高学年の道徳の教材に、『父の言葉』という話があります。黒柳徹子さんの実体験に基づく話です。内容は次の通りです。「私は、結核性股関節炎を患いましたが、奇跡的に完治し退院します。ある日、隣室に入院していた同病の女の子に出会います。その子は松葉杖をついていて、すれ違いざまに私の杖無しの足を見ました。それからの私は、その子を見かけるたびに身を隠すようになります。そんな私の姿を見ていた父は、こう言うのです。
『そんなにかわいそうだと思うなら、かくれないで、行ってお話ししなさい。』
黒柳さんは今になって、この『父の言葉』が、ご自身のユニセフやボランティア活動等の原点であると気付いたそうです。」
私自身も、父からいくつものかけがえのない言葉をもらいました。
私は誕生日が1月1日なので、新年早々いつも「あ~ぁ。また一つ歳を取った・・。」と、ため息をついてしまいます。そんなとき、父は必ずこう言ってくれました。「日本には、素敵な言葉があるよ。『歳を取った。』ではなく、『歳を重ねた。』だ。こうとも言える。『時は過ぎ行くもの、消え去るものではなく、降り積もるもの』だよ。」と。
出会った多くの方々からいただいた温かな心や、楽しかった出来事・悲しかった出来事、喜びや苦しみ等の思い出が一片一片降り積もって、自分の時を、歳を、人生を創っているのでしょう。父の言葉から、改めて一日一日を大切に過ごし、自分を成長させ、自分らしく生きていこうと思えました。
また、父が常に遣う「ご縁」と「お陰様」の言葉には、自分なりの意味を見出してきました。「目に見えぬ大きな力が、この人と私を出会わせてくださった。だからこそ、このご縁を大事にしよう。」と。また、「お陰様で」と頭を垂れるたびに、このひとときがかけがえのない機会だと、感じるようになりました。
父は10年ほど前に亡くなりました。逝ったのち、父が遺したたくさんの日記や、様々なメモの類を片付けていた折、ある一文が目に留まりました。
『出会いを大切にすれば、ご縁につながる。』
何度も読み返しました。そのうち、父の真意をつかめた気がして、熱いものがこみ上げてきました。生前父が常に口にしていた「ご縁」とは、出会いだけを意味していたものではなかったのです。極端な言い方をすれば、出会いは、偶然にしか過ぎないものかもしれません。しかし、出会いに感謝し、出会った方に敬意を払い、誠意をもって接していくことで、その出会いは、「ご縁」につながっていくのだと理解することができました。そして、出会った多くの人たちの「お陰」で、今の自分が生かされていると自覚できたときに、出会いは「ご縁」に結ばれると悟ることができました。改めて、人との出会いを大切に育てていこうと思えました。
黒柳徹子さんの活動が、お父様の言葉が原動力であるように、言葉は、そこに愛が込められると、人を動かす大きな力となります。
もうすぐ長い夏休みが来ます。子供たちには、様々な体験を通し、多くの方々との出会いと関わりを大切にして、ぬくもりのある言葉を伝え合ってほしいものです。
